2024年の目標、AIビジネスの速さに逆行する現実を嘆く
これを書いている今は、2024年の4月30日夜の10時。日本は暑い。今年の3分の1は終わっていて、テックカンパニー各社が毎月のように発表するAIビジネスに逆行するように、なかなか適当に今年初めの3分の1を生きてしまったように嘆いている。でも遅すぎるより今月はまだギリギリ終わってないので今月から始めてみる。
2024年にやること。
- 大学を卒業する。
- 技術系のブログを月1本書く。今月は許してください。後数時間しかないので。強いていうならreactのプロジェクトを最新のNextJSに移行するときはしっかり公式ドキュメントを読んでください。他の人のリポジトリを参考にするならば、そんなに頼りすぎないでください。app routerを使ってください。page routerでは動作しませんよ、ぐらい。
- いろんな人と対話する。自分のプロダクトの壁打ちも兼ねて、いろんな角度で物事を見ることができるように。
- 日報、週報のフレームワークを意識する。仕事を丁寧に。
- 旅行をできるだけたくさんする。
- 痩せる。と言うか脂肪を筋肉に変える。ノルマは-10kg。
- CEOとしての考え方、全体を見る力を養う。
- Duolingoは惰性で毎日やる。
先週、DBの神、某ストファイの人の大学関連のポストが旧Twitterに流れていて、唐突にこの人に会ってみたいと思い、すぐさまDMした。返信は早く、軽く自己紹介をして会えることになった。いろんな話をした。今の現状、これからのこと、自分の癖。話のついでに焼肉を奢ってもらった。自分の話をすることで自分に対する解像度がより明確になってくる。とりあえず燃え尽き症候群にならないように、大きな目標を幾つか設定して、スモールゴールも設定した。水飲み場は教えてもらった。水を飲むのは自分だ。
彼のブログの一番最初を読んでみたいと思って、旧ブログに飛んでみた。
'''
技術者はドキュメントを残すべきって言葉に感銘を受けてから早数年。
何度も技術系のブログを立ち上げようと考えながらもやってなかったので本日からスタート!私はエンジニアとして今年は何かとアウトプットを増やそうと考えて活動をしてきました。
'''
ここから彼の言う「自分しかできない仕事」を目標に、今はインプットとアウトプットを積み重ねていく。
自分も次の人たちに水飲み場を教えてあげるくらいの存在になりたい。焼肉を奢りたい。店員さんに何年目なのか質問したい。
半年後また会う日まで。どんな自分になれているか、ここ数年は適当に生きすぎていた気がする。もう一度司馬遼太郎で身を引き締める。本当にいい話をありがとうございました。
読み直してよく思うのが、文章に体言止めが多かったり、後から付け足したりするのは英語圏での生活が長いからなのか、ただ単に自分の日本語がおかしいのか。
ちょっと時間余ったので技術の話。EheriumのVitalikの昨日のブログ、複雑な暗号学的証明を効率的に行うための新しいアプローチ「Binius」について
Binius: highly efficient proofs over binary fields
を自分なりにまとめたい部分だけまとめてみる。難しそうな部分は省いてます。
- STARKsの進化と効率性:
- 過去2年間でSTARKsは複雑な計算証明を効率的に検証する重要な技術になった。
- 小さいフィールドサイズが効率性を向上させる一因。
- Plonky2は小さいフィールドサイズを用いることで、計算速度が大幅に向上。
- Biniusの目指す効率化:
- バイナリフィールド(0と1のみ)を直接操作し、さらに効率化を図る。
- 小さなフィールドとバイナリフィールドが効率的で強力な理由。
- メルケルツリーとの関連性:
- Biniusのデータ処理コンセプトはメルケルツリーと類似している。
- データの整合性と効率的な検証を実現し、ブロックチェーン技術に対応。
- バイナリフィールド上での証明の効率化:
- XOR操作が加算に相当し、キャリーオーバー不要で高速処理可能。
- バイナリフィールドを用いることで、プルーフシステムの計算コストと時間を削減。
- 特定の評価点での安全なチェック問題:
- Biniusでは事前に知られた評価点でのチェックがセキュリティリスクを伴う。
- Sum-checkプロトコルを使用して既知の評価チェックを未知の評価チェックに変換。
- Sum-checkプロトコルの基本:
- 多次元の多項式を使い、多項式の評価が特定の和を満たすかを検証。
- ランダム化と分割統治法を用いて計算の正確さを保証し、結果を集約。
まとめ
セキュリティのために維持していた大きなフィールドサイズを小さくできました。証明システム in Binius with バイナリフィールド >> 従来のSNARKsやSTARKs
はてなのAIが記事の内容からタイトルを考えてくれるらしい。完全に焼肉に引っ張ってられてるねぇ。焼肉ってワード、SEO最強説なんじゃないか。

Stay hungry, stay foolish.
ピリオド 雑談13
コンシスタンシィ 雑談13
時間が経つのは早いもので気がつけばもうあれから4年が経つ。あれからの部分は何に置き換えてもいい。振り返ってみると頑張れない自分がいて、日によっては頑張れてる自分がいて、気がついたら怠惰な自分に戻っている。日替わり定食みたいに毎日の自分は違うわけでほぼ70%は怠惰な自分だ。誰かが言っていた人間は全体の10%〜30%の脳、能力を発揮できていないのだとするとそのうちの70%は怠惰なわけだから自分はものすごい怠け者なんだなと痛感する。どうすればいいのか分からなくなって結局まぁ明日でいいよねとか期限ギリギリまで引き伸ばして最悪の事態を何度も招く。プロクラスタネイトするのはダメだよ、毎日やろうとか思っていても結局その日を迎えてしまって後悔する。それが積み重なって数字として現れてさらに自分自身で自分を貶め追い込んでいく。私は自分に苛立つと同時に悲しくもなる。どんでん返しなんてない、ただやるだけだと違う自分が言う、わかってはいる、ヘミングウェイの主人公みたいに行動で示す方が絶対いいに決まってる。決めつける。そうでないとこの年数が私に深く教えてくれる。どうやったって後悔は残るのはわかってる、あの時ああすればとか、この道を選んでいればなんて、それは過去の点と点を繋いだ結果であって結果を出したいなら結局やるしかないよね。質も量ももちろん。理論ばっかりの頭でっかちになって何にも手につかないよりはやってくうちに、ふうんこんな理論もあるんだなとか頭の片隅に置いてやって自然と体系的に身についていく方が真っ当だわ。ああ、あと4日でテストだ、教授は1ヶ月の猶予を与えてくれていてのに自分はなんて愚かなんだろう、なんでこんなことをつらつら書き連ねているんだろう。resumeのためにもうごかないとね、体が鉛のようだよ。
---------------------------------------------------------------------------------------
これを読む返す自分へ
とりあえずやれ。
雑記12・笛吹けども踊らず
万人が素晴らしいと言う授業をするのは大変だ。一人一人の背景知識、理解力の速さ、集中度、どれを取ってもバラツキがあってそんなの無理だから諦めて一方的なものにしてしまうのか、いや、ある程度理想に近づけていくのかではロケットの最初の離陸地点が少し違っただけで変わって来る様に全く違ってくる。教える側も本気でなくてはならない。
自分の中で新しいことを始めるというのは少し疲れる。疲れるだけに得るものも大きい。
吐く様に歌う。これはたとえだ。吐かないし、吐きそうになったら歌うのをやめる。吐いてしまったらどうしようかななんて考えてる間に昼が過ぎる。
I'm so lonely. I'm so lonely. I'm so lonely. King KruleをLonely Blueをひたすら聞いては吐き気を催す。自分が気に入った音楽を1週間聞きまくる→飽きるのサイクルで日々の生活は流れていく。
友達と約束をした。自分にとってはさほど重要でもなく、相手との距離感が生じいつしか連絡もしなくなった。
けたたましくスマホのアラームが頭の中をかき回して来る。うるせえなぁと思いながらつけたのはどこのどいつだよって無意識に毒づいた後、我に帰る。
自分は何をしたいのだろう。楽しく生きるにはどうすればいいのだろう。最近こればかり考えている。メディアで取り上げられるすごい人たちは大変頑張ったのだろう。水面下の努力を一朝一夕でやってみるかなんて思ってしまう自分が情けない。
常態と敬体が入り混じり過ぎている。これは良くない。
頭のいい人たちの会話に混ぜてもらい、録音して後日聞き返しては緻密に整理された会話を叩き込んでさも自分がスマートであるかの様に振る舞う。
次の日の予定を寝る前に立てる時間を作る。
17日木曜の七時にこれを書いている。全く気力が起きず動画や何もやらずに無駄にしてしまった時間が過ぎた。とても大事な時期なのにどうしてか逃避機構が働いてしまう。月曜はA早く終わって家に帰りBを頼んで二時から始まるCに行って気付けば一日が終わっていた。火曜日はなんだっけか。D,Eが終わって家に帰って動画を見て終わった。明日は確かCの最後だったはず。もっとできたはず。この最も大事な時期に生活リズムが乱れていた。直そうとしてもうまくいかないものだ。まだ取り返せるだろうか。明日はFだ。Fも定期的にしよう。
後半が良くなかった。常に考えよう。
雑記11・最古の酒と腐った乾酪
眼に映るものを思い出し並べながら文章にしていく。自分がやってきたことに対して如実に結果が出るのはわかっている。人はそれがわかっていながら逃げる様にプログラムされてる。防衛本能として、ランダムに起こる物事に対して60%は逃げるようにはなってるんじゃなかろうか。
文章が出てこない。面白い生き方をしてないからだろう。私みたいなのが世の中にはたくさんいるからよくわからない同じようなビジネス本は売られていく。そして巷では売り上げを確保するためにいろんなキャッチコピーがある。僕からしたらどれも同じだけど。どの様に生きるか、マインドセット、対話術、ありとあらゆるものがいろんな服着せられて、市場で価値をもたらされて売られている。
大人は私にお前の生き方は間違っているなんて言われたけどお前はどうなんだって心の中で毒づく。正しい生き方ってなんだ。あながちみんな生き方なんてわからないじゃないか。安定を求めて生きるのが正しいのか、先生という安定を求めた公務員には安定をというものを今の若者にはもたせたいのだろうか。道は限られていると思っている。
本を読もう、いろんなことを知ろう、いろんな生き方、道があることを知ろう、まだ遅くない。自分がそこで諦めたら試合終了なんてどこかの世界の監督が言っていたけど、確かにそうだ、平均寿命から自分の年齢を差し引いてもまだ長い人生を短い一日と例えたら朝が明けたくらいじゃないか。道は長い、先を見据えて今を精一杯生きていこう。今はまだ眠い。
母の日がやってきた。毎年サボらずにやってくる特別な日はあまり面と言えないこともこの日だから言えるよねと割り切れる。特にそんな機会もそうそう巡ってくるわけもなく。ただただいつもありがとうと言えばいいだけなのに それさえ言えないのは無償の愛というのが普通すぎる家庭だったからだろう。ありがたい。
ワインについて語る人。最古のお酒。ギルガメシュ叙事詩なんて教科書で聞いた単語に記述があるらしい。良いワインは良いエビから。此のエビはいいだの悪いだの犬と同じくらいの嗅覚があれば一発でわかるのだろうか。赤、白、ロゼ、スティル、フォーティファイド、フレーバード、スパークリング、醸造か蒸留か混成か、アルコール度数は高いのか低いのか、果実は何が使われているか、何処産か、名前も覚えないと。箔が付いたものを手にとって『今年はいい葡萄だね』なんて言えたらお手の物。料理というものはマリアージュ(フレンチで結婚)、つまりは組み合わせが重要で白魚、赤肉はよく耳にする。食べ合わせで思い出したけどホームパーティでは和洋折衷各家庭が作ってくるから玉石混交で、なんて贅沢なことは言っていられない。思えば和食洋食ミックスなんて聞いただけでクラクラする。
雑記10・翳り
最後に更新したのが約150日前。約半年といわれる時間で自分はどう変わったのだろうか。結論から言って何にも変わっていない。毎日同じような気候、変わらない日常、変わらない自分、変わろうとする自分、変われない自分。
自分に嫌気がさして全部どうでもいいやと思って投げ出してしまうけれど、数日経てば何事もなかったように生きている。同じところをぐるぐる回っているように思えてならないがその度に罪悪感は出てくるので一応進んではいるのだろうか。
いろんなことを始めては気がついたらやめていた。いろんなことを表面的には知っているけれど本質的なことは全く知らない。いろんなジャンルの玄関まで挨拶して回って、こんなものかですませてしまう。本質的なものがわかってからが面白いだろうに。そう考えると自分は実にもったいないことをしているんだろうね。経済的な損失とか世の中の大人達はよく考えるけれど、それを自分に当てはめてみたときに莫大な“私的な”損失をしていることに気付く。自分の中で内省してはいろんなものを落としそれを取り戻せないことに気づいて後悔する。
表面的にしか物事を捉えていないのかは分からないが物事を深く考えることが自分にはすごく苦手で、怖くて、ある一つのことに対して何十時間も時間を割くのは何かもったいないと思ってしまう。それがたとえ自分にとってすごく大切だとしても。例えば、一目見ただけで心を揺さぶられる絵があったとしよう。そして細部を細かく見ても美しい、時が経つにつれてもその美しさは変わることなく、さらに言うならばいい方向に変わっていっていく、もしくは使い古した愛着品みたいに味が出てくる。そしておもう、こんな風に書けたら楽しいんだろうなと。でもそこに至るまでの書いた人の努力やその絵にかけた時間などは考えない。自分に自信がないのか、そんな絵を自分が描けると鼻から思ってないんだろう。そして勝手に自分になんて描ける訳ないと納得してしまっている。だからだろうか、いつしか前提から自分を否定してしまっているのは。
6、7年前の某テレビ番組を思い出して自分もあんな風に時を遅くできればいいのになぁと思う。あんな風にというのは心のどこかで他人行儀になっている自分がいることに気づく。自分ができればいいことなのだろうに。
いつからだろうこんな風になってしまったのは。どこで道を間違えてしまったのだろう。ていうか道なんてない。間違いさえもない。
雑記9・底
浮き沈みのタイミングを測ってみる。
最後までどうも頑張れない性質なのかもしれない
消えていく夜の風、全て間違いでもいい、信じたいものを守れたなら。
心はこもらない。